会津へプチ旅行

今日は、アクアスの周りで起こっているお話しではなく、骨休みに訪れました会津へのプチ旅行の事をご紹介させて頂きます。

お仕事では、会津若松市や猪苗代町の工事で訪問させて頂いていたのですが、お仕事ですとどうしても時間がなく、鶴ヶ城にさえも行った事がありませんでした。今日(日曜日)のお仕事は、朝一番の器具付けが1件あっただけでしたので、仕事は早々に切り上げ、会津までプチ旅行に行って参りました。

最初に向かったのが、猪苗代町にあります「野口英世博士の生家」です。



私も小学生の頃に読んだ伝記の中で、1歳半の時に囲炉裏でやけどをされた事、庭先の小川でお母さんが洗い物をされていた事等を読んでましたので、まさにその景色がそのまま見れた事に、驚きのような感動がありました。

 

お住まいは、典型的な農家の造りで、私も幼い頃に田舎で目にしたモノと同じような光景が広がってました。

 

猪苗代を後にして会津若松に向かう道中、強清水(こわしみず)というところにある清水屋さんというお店に立ち寄り、天ぷらまんじゅうを食べました。私も初めて目にするものでしたが、揚げたてのまんじゅうは、食感も含めて絶品でした。何と言っても美味しく食べるなら揚げたてが一番ですので、皆さんにもお店で食べる事を、おススメ致します。

 

清水屋さんから会津若松の街に向かい、私が長い間、どうしても行きたかった鶴ヶ城(若松城)を初めて訪れる事が出来ました。



どこから見ても見事なお姿です。そして何より、赤瓦のお城は日本全国の中でも、鶴ヶ城だけではないかと思います。

 

 

城内の展示を見ながら会津地方の歴史を振り返り、特に悲劇になった戊辰戦争に関して、改めて感じましたのが、会津藩が大事にしていた「朝廷と幕府に対する忠義」です。孝明天皇から御宸翰(ごしんかん)を頂き、幕府からの要請に従い誰もが嫌がっていた京都守護職を受けたにもかかわらず、いつの間にか朝敵の汚名を着せられるようになった点は「真面目過ぎた」としか言いようがありません。言い換えると、世渡り下手なんでしょう。

これも全ては尊王攘夷ではなく『尊王佐幕(さばく)攘夷』という特殊な政治思想を持っていた事に起因していて、自分の有利不利に関わらず、その考えを通したが故の悲劇だったんだろうと思います。

*注:佐幕(さばく)とは「幕府を助ける」という意味です。

この数十年、天皇家からも訪問を受ける事が度々行われているようですが、自分達がどんな目に遭っても忠節の気持ちを変えなかったのは会津だけだと思いますので、これからも、交流を持って頂ける事を祈念しております。

鶴ヶ城の天守閣に上がり、飯盛山を見てから、白虎隊の悲劇が起こった現地に行って参りました。



(鶴ヶ城から飯盛山に向かって撮影したもの)

飯盛山に登り、白虎隊記念館を見てから、白虎隊士自刃の地と19名のお墓にお参りして来ました。

 

白虎隊の件で思う事は、時代の転換期にあったとはいえ、日本のために活かすべきだった貴重な人材を失った事が、当時としても大変な損失だったということです。当時の会津は、日新館の教育レベルが高かったため、日本でも随一の学力水準だったそうですので。

白虎隊悲劇の地より、カメラをズームにして鶴ヶ城を見ても、このように小さく見えます。木が生い茂り、辺りに火の手が上がっていた当時は、お城が燃えていたと勘違いしても致し方なかったんだろうと思います。



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そして最後になりますが、会津若松市内で見つけた、美味しいソースかつ丼のお店のご紹介です。

鶴ヶ城から東山温泉に抜ける道沿いにあります『とん亭』というお店です。



ここのソースかつ丼はボリューム満点なだけでなく、秘伝のソースがポイントです。ソースかつ丼は数量限定で売り切れてましたので、今日は『ソースかつ重』にしました。

 

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福島県内の方も、意外と行く機会がないと思いますので、私の今日のコースで関心のある方は、是非、ご連絡ください。出来る限りの情報提供をさせて頂きます。

今日は本当にいい『心の日曜日』になりました。

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