ちょっぴり寂しい出来事

私のお昼ご飯だけでなく、アクアスのお仕事でもお世話になっている『鮨佳(すしよし)』さん。私が須賀川に来てからずっと、懇意にして下さった息子さんの専務さんが明日までで鮨佳さんでの仕事を打ち切り、横浜に行かれる事になりました。美味しいお寿司だけでなく、軽妙な語り口葉っぱ型のワサビで楽しませて下さっていただけに、個人的にはちょっぴり寂しい気持ちです。

 

横浜に行かれる事になった理由は、放射能の問題により、奥様と子供さんが横浜に避難されているからで、専務さんだけは須賀川に残って我々のために握り続けて下さいましたが「今の状態がいつまで続くのか、またいつから元に戻るのか、先が見えない」という事で、当面は子供さん達を呼び寄せる事を諦められたという次第です。須賀川にいる私としては、残念な気持ちもありますが、致し方ないですね。腕がいいので、既に横浜で働かれるお寿司屋さんも決まっているとの事、その点は安心しました。

これからも、忙しい時期にはお手伝いにいらっしゃるそうですが、今ほど頻繁にはお会い出来なくなりますので、今日のお昼ご飯を食べた後も、少し長くお話しをさせて頂きました。2人で話すとなると、やはり話題は一年前の事。昨年の今頃(4月上旬)は、私は住まいの復旧対応に取り組み、専務さんはお店の再開に尽力されてました。

そしてお見せ頂いたのが、今でも手元に持たれている昨年4月22日の『あぶくま時報』鮨佳さんが営業再開された日でした。





ちょうど、放射線量の数字も掲載されてましたので見てみますと「同じ須賀川市内でも、場所によってこんなにも放射線量が違うものなのか」という事と「一年前は、こんなに放射線量が高かったんだ」という事に気付かされます。







しかし実際には、もっと狭い場所単位でも、全く異なっています。今では、全体として見れば、この時の3分の1程度にまで下がって来ているようですけど。

東日本大震災で放射能事故さえなかったら・・・というのが、福島県民の切実なる実感ですよね。鮨佳さんの専務さんにも、これからも継続的に、私のブログを通して、須賀川での身近な情報を発信し続けていきたいと思います。

専務さん、これからも私と同じように、横浜の人達を楽しませて下さいね。

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