須賀川の地域文化

私が白河でのお仕事でお世話になったお宅のおばあちゃんから「白河以北、ひと山百文」という言葉をお聞きしました。これが、どういう事を意味しているのかというと「白河よりも北側の土地は、ひと山でも百文の価値しかない」という意味なんだそうで、要するに「白河以北のみちのくは、江戸や京から見たら、遅れた地域である」という事だったようです。

しかし実際には、例えば須賀川を例にとっても、相当に文化的なレベルの高い土地柄だと私は感じています。その一例として証明されるのが、松尾芭蕉が奥の細道の旅で須賀川を訪れ、8日間も滞在して多くの俳句を残したという事で、そういう部分にも文化的レベルの高さが現れていると言えるのではないでしょうか?今日は、須賀川の街中で私が見つけた、松尾芭蕉にゆかりの場所をご紹介させて頂きます。

まず最初は、須賀川市役所の入り口にあります「芭蕉記念館」です。

 

 

今回は、ざっと見ただけでしたが、改めてジックリと時間を掛けて過ごしてみたい場所で、資料も多数、遺されていました。

芭蕉が須賀川に滞在している間は、須賀川在住の俳人仲間である相楽等躬の家に泊まったそうです。そしてここが、その敷地内にあって、僧侶の可伸さんが住んでいた庵の跡地『可伸庵』「世の人の見付ぬ花や軒の栗」という句を詠んだ場所です。

 

 

ここから歩いて2分ほど行くと、先の詩にちなんだ『軒の栗庭園』もあります。

 

更にそこから歩いて1分程の場所には「相楽等躬の家の跡」という看板がありましたが、既にNTTの建物になってしまってました。



またその道路向かいには、綺麗に整備された『結の辻公園』があり、奥の細道の旅程が解説されてました。

 

 

それから忘れてはならないのが、長松院さんで、お寺の裏手には、俳人として芭蕉と深い交流のあった相楽等躬のお墓があり、多くの俳句愛好家の方々が、ここを訪れて来ています。

 

 

須賀川には、松尾芭蕉の時代には既に花開いていた文化的伝統が今でも息づいているようで「マメタイムス」や「あぶくま時報」には、毎日、句会の皆様の秀逸な作品が掲載されています。こういう文化が、数百年以上に渡って、地域文化の中に受け継がれ根付いているところは、全国でも珍しいと思います。

「白河以北、ひと山百文」というのは、相当に偏った見方であり、他地域の方々は、須賀川も含めた東北地方の文化的な高さを、見直すべきなのではないかと思います。

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